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アイランドプレス最新号掲載のイベント記事

最近取材した各イベントやお祭りをアイランドプレス誌よりも一足先にここで報告します。イベント時の画像は、本誌の方にたくさん掲載してますから、そちらをご覧下さい。

好天に恵まれ島内を快走  第24回壱岐サイクルフェスティバル
日時/平成24年6月10日
場所/壱岐島内全域

 今回で24回目の開催となった壱岐サイクルロードレースと壱岐チャレンジロードレース、また12回目となるジュニアチャレンジロードレースが、6月10日(日)、朝8時50分、50`コースのスタートを皮切りに開催された。
 当日は、前日までの雨模様とはうって変わっての晴天となり、選手たちは初夏の壱岐を肌で感じる最高のサイクル日和となった。
 また今年の参加エントリーは、50`コース333人、30`341人、8`6人となる過去最多の680人が集まった。完走者は611人。
 大会結果は次の通り(上位3人まで記載)。
▽エリート50`、1位・佐藤信哉(34歳、福岡県)タイム1時間24分12秒。2位・加藤達也(20歳、福岡県)、3位・井戸川真一(36歳、福岡県)
▽エキスパート男子50`、1位・中原裕助章(32歳、熊本県)タイム1時間24分8秒。2位金子敦彦(31歳、大分県)、3位・大坪正志(33歳、福岡県)
▽エキスパート女子50`、1位・パターソン ジル(31歳・長崎県)タイム1時間34分26秒。2位・井上貴和(34歳、福岡県)、3位・野上千代美(36歳・福岡県)
▽エキスパート30`U19、1位・荻原俊太(17歳、福岡県)、2位・橋爪佑輔(19歳、福岡県)、3位・橋田康太郎(16歳、長崎県)
▽エキスパート30`U39、1位・松本若樹(30歳、福岡県)、2位・亀井宏(31歳、福岡県)、3位・宮近拓二(34歳、福岡県)
▽エキスパート30`U49、1位・今泉喜樹(46歳・佐賀県)、2位・坂本祥一(49歳、福岡県)、3位・松岡幸雄(40歳、福岡県)
▽エキスパート30`U59、1位・福島雄二(55歳、熊本県)、2位・加藤誠(52歳、福岡県)、3位・柴田佳男(54歳・佐賀県)
▽エキスパート30`O60、1位・西丸房雄(60歳、福岡県)、2位・井上好徳(60歳、福岡県)、3位・粟津正彦(64歳、福岡県)
▽エキスパート30`レディース、1位・徳留春美(48歳、鹿児島県)、2位・市川寿美(46歳、山口県)、3位・津末貴子(33歳、大分県)
▽エキスパート30`ジュニア、1位・茨木博成(13歳、福岡県)、2位・齋藤華弥汰(15歳、福岡県)、3位・片野陸(13歳、長崎県)
▽ジュニア8`、1位・松井巡平(12歳・長崎県)、2位・深町涼太(11歳・佐賀県)、3位・茨木崇光(11歳・福岡県)
▽エキスパート団体戦(チーム名)、1位・Blue GarassA、2位・チームセカンドウィンド鹿児島、3位・AILE MIYAZAKI RACING

博多どんたく港まつりに今年も参加、壱岐どんたく隊
日時/平成24年5月3日
場所/福岡市博多駅前・市役所前

 5月3日と4日の両日、福岡市民の祭りとして恒例の博多どんたく港まつりに、今年も壱岐からどんたく隊として総勢74名が参加した。壱岐観光協会を始めとした島内参加者は52名、福岡壱岐の会を含む島外参加者は22名。壱岐どんたく隊の参加は5月3日となり、この日福岡・博多の町を、壱岐の文字が書き込まれた青い法被姿に身を包み、どんたくに訪れていた数多くの観客の目を引きつけていた。
 今年の壱岐どんたく隊は、主に博多駅前通りどんたく広場を通る約135メートルのパレードと、博多駅本舞台にての出演PR、福岡市役所前のお祭り本舞台での出演PRが主な参加内容となっており、民謡保存会と風舞組、玄海怒濤太鼓による演舞も観客の注目を集めていた。
 また舞台前では観光パンフレットの配布も行われ、博多の町を訪れて来た多くの方々に壱岐を身近に感じてもらう機会となり、パンフレットを手に取られた方は、「じっくりとパンフレットを見て、今年の夏には壱岐に行く計画を考えたい」と語っていた。
 博多どんたくは、ゴールデンウィーク期間中、全国で最も多くの動員数を誇る祭りだけに宣伝活動としての効果も高い。壱岐のPRとしてこの日歩き回った壱岐どんたく隊の宣伝効果として、早速、今年の夏に大きな成果を現してくれる事を期待したい。

新たに運行開始、フェリーきずな。当日船内は500名以上の搭乗に大賑わい!
日時/平成24年4月1日
場所/郷ノ浦港フェリーターミナル2F
※フェリーきずなの就航風景をアップしました。画像をクリックしてください。

 4月1日の早朝6時半より、ニューつしまに変わって運行するフェリーきずなを歓迎のセレモニーで見送った。
朝7時に出航するフェリーきずな、その待合室にはこのシーズンとは思えないような人だかりが出来ていた。それもそのはず、この日より就航するフェリーきずなに乗ってみたい、という人が多くきていたのだから。聞く所によればこの日の朝の搭乗客はなんと500名を超えていたとか。まるで夏のフェリーの様である。
セレモニーは関係者等を始め、多くの方々で就航するフェリーを見送り、そしてテープカット。出港時では紙テープが舞う光景もあった。
取材人の私は、そのまま搭乗して博多港まで向かったが、船内は予想通りの満室状態。しかし乗り心地はよく、さすが新船!と思わずにはいられない快適さであった。
これから博多〜壱岐・対馬航路を担うフェリーきずな。多くの人の声を代弁して、末永くよろしくお願いします。

さよなら、そしてありがとう!フェリーニューつしま
日時/平成24年3月31日
場所/芦辺港フェリーターミナル2F
※フェリーニューつしまの画像をアップしました。画像をクリックしてください。

 1989年(平成元年)、博多〜壱岐・対馬航路にフェリー「ニューつしま」が就航した。それまで運行してきた「フェリーつしま」は、その年を境に運行を終了した。
そして平成24年3月、24年間に渡る運行を続けてきた「ニューつしま」は、4月より運行されるフェリーきずなにバトンタッチをして、博多〜壱岐・対馬航路の運行を終了した。思い起こせば様々な思い出が残るニューつしまは、島民の皆さんにたくさんの思い出を作り上げてきた事だろう。
 3月31日の夜、20時50分、最後の運行を終えて芦辺港に着岸するニューつしまに、さよならとありがとうの感謝を込めて、セレモニーが行われた。
市長を始めとして、多くの方々が入港するニューつしまを迎え入れ、船から降りてきた船長や船員に花束が贈られた。 この後、すぐに出航しなければならず、セレモニー自体は15分ほどであったが、最後の姿を見せたニューつしまを、紙テープで見送る光景がそこにいた方々の感動を誘った。
 24年のおつかれさまでした。そしてありがとうございました。たくさんの思い出が巡るニューつしま、感謝の心でいっぱいです。

フェリーきずな就航式。時代に要求に応えた新船に期待大!
日時/平成24年3月29日(博多埠頭)、3月30日(郷ノ浦港)
場所/福岡サンパレス・ステラコート太安閣
※フェリーきずな船内と就航式の画像をアップしました。画像をクリックしてください。

 長きに渡り、私たちの交通の足として頑張ってきたフェリーニューつしまが去り、今年の4月より新たにフェリーきずなが就航となった。名称にもなる「きずな」は、まさしく今の日本を象徴する言葉であり、また日本人が忘れてしまった大切な感情を再び思い起こさせた言葉である。その大切な言葉を名称に持ち、今後の航路を支えてくれる期待の船である。
 さて、今回の就航式は29日、30日と博多埠頭、壱岐、対馬と三カ所で行われた。壱岐の情報誌アイランドプレスとしては、この中の博多埠頭と壱岐の二カ所を密着取材させていただいた。
29日、午前10時半より船内見学会。多くの関係者が船内を隈無く見て回った。2等船室、特2船室、1等船室、ドライバー室とあり、この船の特徴は一言で言うと時代に応えた造り。要するに体の不自由な方にも安心して乗船できるように床はバリアフリーでエレベーターも完備。トイレも車椅子のまま使えるスペースも用意されている。また我々が最も使う事になる2等船室は、広いフロアをいくつかのスペースに仕切り、使い勝手を向上させていた。さらに座椅子部分は、足を伸ばしても前席にあたらない程の余裕あるスペースを確保している。 余談ではあるが、この日、壱岐へ向かうきずなに乗船させて頂いたが、エンジン音も以前に比べれば静かで、何よりもほとんど揺れを感じない走りであった。おそらくこれであれば、少々の波でも船酔いとは無縁になるのではないだろうか。それほど新船の進化は素晴らしかった。
 話を戻して、昼12時から福岡サンパレスにての就航式典。二階にあるパレスルームのフロアは多くの関係者で賑わっており、約一時間半の式典は主催者である九州郵船竹永代表取締役社長の挨拶、そして来賓の祝辞と進み、フェリーきずなの紹介(映像)、そして鏡開きへと、きずな就航を多くの方々で祝った。
 明けて翌日午後、昨日と同様に、今度は郷ノ浦港にての船内見学会。そしてそこからステラコート太安閣へ移動しての就航式典へと進んでいった。ちなみに当日の午前中には対馬で式典が行われていたので、本来の主役であるフェリーきずなは、休む間もなく移動と、大働きであったに違いない。 30日の船内見学会や式典内容は、前日と同様であるので詳しくは語らないが、壱岐、福岡、おそらく対馬の方々も、今回の新船「フェリーきずな」には大いなる期待を持っておられる事だろう。
 島内、島外、壱岐と福岡を行き来する全ての人々の「きずな」を繋ぎ続けていく船となる事を願う私達である。

壱岐にあるすごい樹木を巡る「第2回巨樹銘木ツアー」
開催日/平成24年3月17日 場所/壱岐島内各所
※当日の画像をアップしました。画像をクリックしてください。

  壱岐の銘木巨樹を研究し、資料としてまとめている壱岐市林業研究同士会の皆さんが企画している巨樹銘木ツアー。第一回は昨年の3月26日に開催され、それから約1年ぶりとなる。
思い起こせば、第1回開催時でもかなり驚かされた樹木がたくさん見れたツアーだっただけに、今回の第2回もかなり期待をしての参加となった。 ツアーは朝9時に芦辺町の離島センターからスタートし、主に芦辺町、勝本町周辺を巡るコースで、予想通りの度肝を抜く内容であった。
特に今回はピンポイントでの紹介がメインで、まずは芦辺町箱崎本村触にある「日高屋敷跡の植物」から始まった。ここは樹木もそうだが、それと同様に屋敷跡の石垣や屋敷があった場所の細かな足跡が見れ、壱岐の中のこのような屋敷跡があったのか!と改めて知る事となった。これまでは雑草や木々に埋もれ、おそらくここの屋敷跡の存在を知る人は少なかっただけに、参加者の驚きもひと際大きなものがあった。
また主である銘木も数種見られ、今後も新たな発見が期待できる場所であると感じられた。
そこから数カ所を巡り、次なるは巨樹銘木の宝庫、男岳神社周辺の地へ。ここは前回の時も巡ったが、今回は再度その場所を詳しく紹介された。男岳は長年、霊山として存在してきた為か、人々の手が加えられてない箇所も多く(山頂付近)、さまさまな樹木に巡り会うことができる。
 今回のツアーは午前中のみの短時間であったが、内容的には前回以上の驚きがあり、今後、第3回、第4回と期待も大きい。研究会の方々の努力と探究心には敬意を感じられずにはいられない、壱岐を見つめ直す素晴らしいツアーであった。

第3回一支国ウォーク開催レポート
開催日/平成24年3月10日、11日 メイン会場/筒城ふれあい広場
※当日の画像をアップしました。画像をクリックしてください。

 連日の悪天候を吹き飛ばす春空の下での開催に、参加者約450名(土日両日の総計)が、壱岐の美しい景色が映るコースを歩いた。
今回は「春一番」の発祥の島、壱岐をテーマに、春の陽気に誘われるような海沿いの道がメイン。この春一番という言葉は、言わずと知れた気象用語であるが、その語源は壱岐の島でかつて起こった悲しい海の事故が始まり。しかしどこに行っても、どこに住んでも壱岐人の根性と粘り強さは、島外の人達にも知られているように(これ、ホントですよ。私はよく福岡で耳にします)、かつての悲しい事故をも乗り越え、今では全国で使われる気象用語になり、当事者である島の人達は、この出来事を語り伝え、大切な言葉として残している。
とは言え、開催時に春一番が吹く事はなく、無事に好天に恵まれた両日となった。いや、厳密に言えば日曜日の開催は、北西から吹く強風があり、気温も6〜8℃前後と、いきなりの冬のような気温になっていた。 ただ参加者はウォークをするのだから、案外これくらいの気温でも心地よいくらいかもしれないが。
 さて、今回で3回目を迎えたウォーク、まず開催初日の10日土曜日は、昼14時からスタートする5kmコースと7kmコース。スタートとゴールは筒城ふれあい広場。ともにこのコースは、大浜や筒城浜などの海水浴場沿いの遊歩道を通過するコースで、私自身も日頃からここに足を運び、癒されながら気持ちいい海風を浴びる場所だ。なので参加者も目の前に広がる絶景や空気に満面の笑みを浮かべながら、会話も弾みながらウォークを楽しんでいた。
世間で言うウォークイベントから見れば、かなり短いコースなので、気持ちにもゆとりが出るだろうし、ゆっくりと風景を楽しめるコースがこの日である。
 そして明けて11日、日曜日。スタートは10kmコースが昨日と同じく筒城ふれあい広場で、朝9時半から。スタートの筒城ふれあい広場から原の辻遺跡を通り、戻ってくるコース。ただこちらは残念ながら取材できず(同時刻に21kmコースがあるもので)。 そしてメインとなる21kmコースは、芦辺離島センターから筒城ふれあい広場までの道のり。スタートは朝9時から。いわば本格的なウォークコースであり、ベテランのウォーカーにしてみれば、本領発揮となる道である。道順は、芦辺の街並を過ぎ、清石浜を通り、八幡半島を一周、そしてそこから原の辻遺跡を通過してからゴールである筒城ふれあい広場まで。時間にして速い人で約3時間、通常で約4時間、中にはそれ以上かかる方も。ただウォーク自体の趣旨がレースではなく、あくまでもマイペースで歩く事なので、速かろうが遅かろうが、全く問題ない。ただ楽しく歩ければそれでいいのである。
 以前にも本誌でも書いたが、ウォーク大会は全国的にも盛んに行われている。各ウォーカー達は大会が行われる情報を聞けば、その地へと足を運ぶ。その中でも壱岐の道は全国的にも自慢していい道であると思っている。だから、もっと盛んに壱岐の道を全国に知らしめ、呼び寄せてもいいのでは、と思う。 また歩く事は人間の行動の原点であり、歩く事が体を健康にし、精神も落ち着かせてくれる。だからみんなにも壱岐の道を、我が足で歩く事をお勧めしたい。

平成24年、福岡壱岐の会の新年賀詞交歓会開催
日時/1月20日(18:30〜) 場所/ホテルレオパレス博多

今年も新年恒例行事の一つ、福岡壱岐の会による賀詞交歓会が福岡市博多区のホテルレオパレス博多3階ホールにて開催された。 当日はいきなりの暴風により、午後からのフェリーやジェットフォイルの運行に影響があり、一部欠航もあり、壱岐から向かわれる方々の参加が危ぶまれたが、いざ開演となればホールを埋め尽くさんばかりの方々が来場されていた。  今回、約30分の講演には、長崎県文化振興課など、関係各者が力を注いでいる「孫文と梅屋庄吉と長崎」についてのお話があった。孫文とは言わずと知れた中国の辛亥革命の革命家である。そして梅屋庄吉は、長崎出身であり、この孫文の革命に大きなバックアップをされた方。その梅屋庄吉のご夫人が壱岐の勝本出身である。そのような事から、今回の賀詞交歓会での講演に繋がっていった。  さて、会の方は先にも述べたように会場はほぼ満席状態。壱岐の会会長の幡鉾会長の挨拶、白川市長の挨拶と続き、来賓の方の挨拶、来賓の方々の紹介へと進み、いよいよ乾杯へ。乾杯の音頭を取られるのは、玄海酒造株式会社の山内会長。壱岐と焼酎への熱い思いを語り、盛大な乾杯へと進んだ。 その後、ステージではさまざまなPRタイムが設けられ、テーブルには食事が運ばれる。またそれぞれ参加者は、懐かしい顔ぶれに、笑顔がほころび、お酒も進んで行った。 18時半からの開始も、21時近くになり、宴もたけなわの中、締めの万歳三唱で、宴は終了した。気が付けば約2時間半、ほんとにあっという間の宴であったように思う。楽しき事は時間も忘れるとは、まさにこの日のことを言うのだろう。

新春の壱岐を突っ走る「壱岐の島 新春マラソン大会」
日時/平成24年1月8日(日) 場所/壱岐市ふれあい広場(スタート、ゴール)

 昨夜から雨がぱらつく天候にヤキモキした新春マラソン大会。明けて当日の朝も空模様はイマイチの形相であったが、マラソン大会開催時刻が近づくにつれて、曇り空は明るくなり始め、所々に青空が見える状況へと変わりました。 当日に気温も寒くもなく温かくもなく、おそらく走者にとっては良い気温だったのかも知れませんね。 午前8時、各選手達の受付が開始され、9時に開会式。準備体操を済ませた後の10時にはハーフマラソンの部がスタートを切っていよいよレーススタート。そこからは5分、10分置きにと、各クラスのスタートが切られて行きます。 今年は、昨年の3月にあった東北地震への各自暗黙の自粛のためか、例年よりもユニークなコスチュームに身を包んだパフォーマンスが少なく感じられたが、レースそのものは、熱き戦いが繰り広げられる本格そのもの。 参加者の数も例年通り多数参加者が訪れ、スタートとゴール地点は、各クラス紺層のような状況で、選手達の人だかりの山。もちろんそれを応援する沿道のギャラリーも道路を埋め尽くさんばかりの人と熱の入れ様でした。 また、これも新春マラソン大会の楽しみの一つですが、本部近くの露店テントでは、豚汁やぜんざいが振る舞われ、博多?王のこってりラーメンなども出店され、たくさんの方々が器と箸を片手に舌鼓を打っていた。走り終えた選手達や、応援する方々の冷えた体を暖めるひととき、笑顔が溢れる場所です。  さて、レースは正午のスタートする小学生のクラスが最後になり、ステージ上では随時、各クラスの表彰式がとり行われていました。  毎年、このマラソン大会を楽しみにされている方々は増え続け、お正月明けといえば新春マラソン!との定着感はもう決定的ですね。なにせ今大会で26回目でしたからね。

一年の最後を締めくくる伝統神事「壱岐大神楽」
日時/平成23年12月20日 場所/住吉神社

 この号が発行されているのは平成24年ですが、アイランドプレス締切りの関係で、どうしても掲載できなかったので、時期外れにはなりますが、ここで紹介させていただきます。  毎年8月上旬にある筒城浜広場と、12月下旬に行われる住吉神社での神楽は、壱岐の中でも特に大きな神祭りとして開催されている。 この二大神楽は、壱岐に伝わる神楽の舞を、約6時間半かけて余すことなく舞い、神への感謝を捧げています。  演目は一般的には三十三番と言われている。ただ、現在伝承されているものは、神遊【かみあそび】、四本幣【しほんべい】、二本幣【におんべい】、注連舞【しめまい】、眞榊【まさかき】、野槌【のづち】、鉾【ほこ】、八咫烏【やたがらす】、橘【たちばな】、殿保賀比【とのほがい】、神酒保賀比【みきほがい】、四剣【しけん】、二剣【にけん】、四弓【しきゆう】、二弓【にきゆう】、五方【ごほう】、神代語【かみよがたり】、大諄辞【ふとのりと】、猿田彦【さるたひこ】、鈿女【うずめ】、弥散供米【やちくま】、折敷【おしき】、神相撲【かみすもう】、漁舞【すなどりまい】、荒塩舞【あらしおまい】、神楽始【かぐらはじめ】、湯立【ゆたち】、御湯舞【みゆまい】、御湯泰奠【おゆほうてん】、篠湯【ささゆ】、思兼【おもいかね】、太多目【ふとだめ】、児屋根【こやね】、手力男【たじからお】、岩戸開【いわとびらき】、注連曳【しめびき】、豊年舞【ほうねんまい】の三十七番がある。 中でも「神相撲」は他の神楽では中々見られないアクロバティックな演目で目を引きます。他に非常にテクニカルな「折敷」や、三本の刀を両手と口に咥えて舞う「二剣」が人気の演目です。また、「八散供米」は壱岐大大神楽の最終演目であり最も神聖性の高い演目です。  起源は南北朝(1336〜1392年)の頃だといわれ、壱岐市芦辺町箱崎・八幡神社の社家に伝わる古文書の中に、永享7年(1435年)11月に神楽舞人数のことを記したものがあり、室町時代の初期にはすでに行なわれていたといわれる、古き長き伝統のある神祭り、ぜひ感動の舞を心に焼き付けてください。

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