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壱岐の観光スポット

島のあちこちにある観光スポットを紹介。島のあちらこちらに点在する観光スポットは、全てを廻ろうと思えば数日はかかるくらいにあります。
また、同じ風景も昼間の日差しの中と、夕日の中で見るのとは印象が違う場所もあります。自然の雄大さと美しさを肌で感じてみてください。

全国各地にある月読神社の発祥と言われる由緒ある「月読神社」
木々に囲まれた清々しい空気感を感じる癒しスポット。

   

 顕宋天皇三年(487年)の春二月に安部臣事代(えべのおみことしろ)みなまの国に使いをした(遣任那使)時、ここ壱岐の月読神が人にかかって「我が親である高皇産霊神(たかみむすびのかみ)は、天地(宇宙・地球)を鎔造(創生)する功績があった。よろしく民地にまつれ、私は月神である。もし私が乞うようにすれば幸い喜び(日本国家に)にある」。これを都に帰り、顕宋天皇の宮居である、近津飛鳥八釣宮(ちかつあすかやつりのみや)に報告した。これが受け入れられ歌荒巣(京都・嵐山)に壱岐縣主(いきあがたぬし)の先祖・押見宿禰(おしみのすくね)が月読神社を遷祀した。この嵐山の月読神社は、京都で最も古く「松尾大社」の南隣にある。
また、神功皇后が三韓征伐の時、皇后はすでに産月になっていた。そこで皇后は自ら祭主となられて祈念され「事が終えて帰ってからこの地で産むまで産月を延べてほしい」と願われると、月神が現れて神石を示し、この石で皇后のお腹をなでて心を鎮めるとよい、と月神の教えのままに神石のおかげで願い通りに産月は遅れ、また無事に御子を出産された。この神石は月延石(つきのべいし)・鎮懐石(ちんかいせき)と呼ばれ、糸島「鎮懐石八幡」「京都・月読神社」「壱岐・月読神社」に祭られたと記されている。
賓亀三十三年八月、暴風雨が吹き荒れ、森の木々ゃ家々がことごとく倒れた。これを占うと月読神の祟りと出た。これによって忌部正美の申し出にて、神島の大中臣清麿を、山城、伊勢、壱岐に座す「月読神社」に使わして神の怒りを謝す。
月読神社の奥宮がここより南方300メートルあまりの山頂付近にある。
(境外摂社 椎木神社・祭神・大山祇神・くくぬちの神)

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